朝。雲一つない快晴。また暑い日が始まる。
川の土手が伸びている途中の橋の下、一部草が丸く剥げている場所がある。横から朝日が差していて、その光で毛を輝かせている二匹の猫が現れた。茶に黒い縞のキジトラとうすオレンジに褐色の縞の茶トラである。二匹共に脚を折って伏せた態勢である。キジトラが言う。
「済まんミャァ、よう来てくれた」
「わしも兄貴に話がありますけん、ニャ」と茶トラが返す。
「なに云うてよ、ミャァ、こんな、一匹で来とるんかの」
「ニャァ、わしも男じゃけん、吐いた言葉に嘘はつけんけん」
「そうかミャ、さすがは、コーちゃんじゃ。話が早い。わしはオヤジに愛想が尽きて、ミルク皿を返そうと思いよるんよ」。ミルク皿のミルクを飲むのが親子の関係を作る契約であった。
 キジトラがそう言うと、コーちゃんと呼ばれる茶トラに、ミャァ、と欠伸をする。茶トラはジッとして見ている。茶トラが返す。
「そりゃ、兄貴、猫道に劣るんじゃないんですかい? 親を子が裏切るんいうんですかい、ニャァ」
 茶トラの目が細まる。すかすように、キジトラが続ける。
「コーちゃん、こんなの考えちょることは理想よ。ヤーマの親父の下におって仁義もクソもあるかい。何匹も死んでしもうて、ミャァ。目え開いて、わしに力貸せ、のう、ミャ」
「それで、ミケとクロが戻ってくるんかい、ニャァ」
「聞けんなら、こんなをヤるしかないがよ。じゃないと、おどれがワシを殺すきなんじゃろ、ミャ?」
「兄貴、ヤれるもんなら、やってみぃや! ニャァ」
 茶トラが脚を伸ばして、一歩近寄る。キジトラも立ち上がり一歩近寄る。お互いが唸り声を上げる。茶トラが右猫パンチを出し、キジトラが一歩下がってかわす。キジトラがアァーンと声を上げる。
「ブチ殺しちゃれ!」とキジトラ言うと、どこか草の影に隠れていた猫が数匹現れて、茶トラに襲いかかる。
「おどれ、騙したニャ」と言うか言わないうちに乱闘になった。縺れ絡み合い団子のようになった。キジトラだけがじっと見ている。
茶トラも喧嘩が強くて、最初は優勢に闘っていたが、多勢に無勢、だんだんと押されてきて、最後には袋だたきになり、動きが止まってしまった。
「お前ら、それぐらいにしときない!」とキジトラが命じた。血まみれで転がっている茶トラの方へと近寄る。茶トラが潰れていない片目を上げる。ギィィと唸る。
「のう、コーちゃんよぉ、今日はこんくらいにしとくけん、もう一回、考えなおさんかのぅ。最後のチャンスじゃ思って、ミャァ」
「トドメを刺すんなら、早よやれい!」
「まぁ、ワシも、沢山の猫の面倒を見ないかんのじゃ。勘弁しておくんない。沢山の猫の未来がかかっとんのよ」
「ニャー、わしの未来はどうでもいいっちゅうことですかい?」
「すまんのう、コーちゃん。こんなが死んでくれたら、ここらが平和になるんじゃ。こんたとヤーマの親父がおらんどけば、ミャ」
「一つだけ、言っとったるが——」

 茶トラが平和の持論に触れようとすると、青空に閃光が走った。猫たちは見上げた。
 一瞬で世界が真っ白になった。

 八月六日午前八時十五分の広島であった。